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ロレックス Air-Kingオーバーホール 修理(有)友輝 全国配送対応

ロレックス Air-King Ref.14010 オーバーホール




  • このロレックスAir-King Ref.14010は、私がこれから様々な時計の修理を手掛けていったとしても、おそらく決して忘れる事が出来なくなるであろう時計です。

    一見すると大きな問題は無く、わずかに湿気が混入して文字盤にシミ/変色が発生している物である事がわかります。

    しかし、本体側面の無数の打痕跡を見ますと、通常どんな使い方をしたとしても、このような痕が付くとは考えにくいのです。



    この無数の打痕、比較的エッジが甘い事から、あまり固くないものに当たって出来たものと思われます。(コンクリートなどに落とすと、打痕のエッジがささくれ立ったようになります)
    また、同じような深さと形で無数に付いているところから、短い時間の間に繰り返し繰り返し同じ力が加わったと推測されます。

    そうです、このAir-Kingは2011年3月11日に、石巻市であの津波に飲み込まれたものなのです。

    持ち主の方からは、「津波に流された後、後日奇跡的に発見された」としか聞いていないのですが、無数の浮遊/漂流物と一緒に水流で繰り返しかき回された事で、このような痕が付いたものと思われます。

    似たパターンとして、洗濯機で洗ってしまったロレックスを何度か見た事がありますが、打痕のエッジは立っているものの、数はもっと少なく浅いという点が決定的に異なっています。

    まるで人為的に付けた痕の様に、無数にしかも均一であるのが、一層津波の恐ろしさを感じさせます。

    文字盤表面に湿気が混入した形跡があり、恐る恐る裏蓋を開封したのですが、思いのほか浸水の形跡は見当たらなく、あらためてロレックスの防水性能の高さを再認識いたしました。

    自動巻き機構を外して、さらに詳細な点検に進んだところ、顕微鏡の視界に飛び込んで来たのがこの部分です。



    こんな状態のヒゲゼンマイなんて通常有り得ないのです。
    ヒゲゼンマイが11〜1時付近の位置であり得ないほどに片寄って(=偏芯して)います。

    ここまで変形するのは、普通は作業者がミスをしてドライバーかピンセットを突っ込んでしまった時くらいです。

    外部に衝撃が加わると、それがヒゲゼンマイに伝わって変形、偏芯を招きます。
    結構荒く使用している方の場合、こういった変形が多々見受けられるのですが、通常ここまで変形する事はありません。

    というのも、この手前の段階でヒゲゼンマイが接触する事により、時間が大幅に進むという現象が発生するため、修理に出すか使用を止めてしまうからです。

    繰り返し繰り返し衝撃を受けたために、ここまでの変形を招いたのです。

    修正にあたってポイントとなるのが、工具を突っ込んだ時とは異なり、変形箇所は1か所であるという点です。
    という事は、修正ポイント、修正方法を間違えなければ意外と復元は難しくないという事でもあります。

    もちろん、修正ポイントの的確な見分けが難しいのは確かなんですが。



    この変形の場合、修正ポイントの見極めと修正作業を合わせてもトータル1分くらいでこのように元通りに戻す事が可能です。

    と書くと簡単に感じますが、私がジャンク時計を使ってヒゲゼンマイ修正に四苦八苦していた20年前でしたら、修正ポイントの見極めすら出来ず、変形をますます拡大させていった事でしょう。

    このcal.3000をはじめ、ロレックスのハイビートのヒゲゼンマイは弾性が強いので、変形のパターンが比較的一定で修正も楽な面があります。

    むしろチェリーニなどのような繊細なヒゲゼンマイですと、落下などの衝撃でヒゲゼンマイが絡み合ってしまう事があり、その場合の修正は地獄です・・・

    ヒゲゼンマイの修正が無事完了しましたら、分解してオーバーホール作業となりますが、分解作業の際に水入り/動作不良の原因を確実に除去しておく必要があります。

    リューズ/裏蓋部分から水入りした時計を腕に装着した途端、ガラスが曇ってくる事があります。
    これは、体温によって湿気が文字盤側へ抜けるためです。

    この場合、湿気の抜け道となるのはムーブメント/文字盤共に穴が開いている中心部です。

    そのため、この中心部に湿気が滞留して、回転トルクが非常に弱いセンターセコンド歯車(秒針が装着される歯車)にサビを発生させます。
    と同時にサビによって停止、動作不良を引き起こします。

    センターセコンド針のサビは非常に微細で撮影しにくいので、見た目に判りやすい筒カナ部分のサビを撮影しました。



    組み立てはもちろん、洗浄前の分解の段階で、こういったサビや汚れは確実に除去しておかねばなりません。

    石巻で3.11の津波に遭遇したAir-Kingは、内部のサビ取り・防錆加工の後、ケースが痩せて見えない程度にケースサイドの凹み跡を研磨して目立たなくし、ヒゲゼンマイ修正、オーバーホールを施し、画像のような状態に甦らせる事が出来ました。



    肉眼で凝視すると、文字盤には湿気が混入したシミのような形跡が見えますが、シルバー文字盤という事もあり、パッと見は画像のように気にならないレベルにまで回復する事が出来ました。

    それにしてもロレックス以外の時計だったら、あのケースサイドの打痕と防水機能が生きていたのに浸水した事からしますと、同じ状況下では再生不可能なものが圧倒的に多かったんでは無いかと思います。

    その昔、ロレックスの広告で”ロレックス社への手紙”というものがあり、過酷な状況を耐え抜いた、もしくはそこから甦った様々な例を、そのお客様からの感謝の手紙で紹介するというものがありました。

    スキー場で落としてしまった後、雪解けとともに発見され、振ると何事も無かったように時を刻み始めた、軍用機の緊急脱出シートで射出(瞬間的に非常に大きな衝撃/加速Gがかかる)され、パラシュート着地の際にパイロットは骨折したものの、装着していたロレックスは無傷だった等々、数々の伝説的な武勇伝が掲載されていましたが、このAir-Kingはそれらの逸話と比較しても、全く遜色ない状況であったと思います。

    ロレックスさん!もしこのAir-Kingの詳細が知りたい場合はいつでもご連絡ください、喜んで情報提供させていただきます。

    所有者の方にも、この災害の爪痕を時計修理の立場から伝えたいと申し出たところ、画像や一連のいきさつ等の掲載を快諾いただきました。

    様々な意見や見解があるとは思いますが、何でも無料にするのは必ずしも最良の方法だとは思わないので、いくらかは修理代をいただく事にしましたが、お客様からは大変な感謝のお言葉をいただきました。

    私も両親ともに4代前まで遡っても宮城県の人間ですから、ここでわずかでも儲けてはいけないと思い、いただいた修理代金は石巻漁協への義捐金にさせていただきました。